へなちょこあかりものがたり

その16 「月夜の宴」






「あれ?」

 ある日の夕ごはんのあと。
 浩之ちゃんと二人で、ぼーっとテレビを見てたんだけど。

 あれ?
 見覚えのある顔が画面を横切ったような。
 来栖川先輩……だと思うんだけど……?

「ね、浩之ちゃん」
「ぁ?」
「今、画面に……あの、来栖川先輩、映ってなかった?」
「は? センパイが? 気付かなかったけどな……」
「ほぇ? 芹香さんですかぁ?」

 テレビ画面に映っているのは、どこかの夏祭りの映像。
 今年の夏、各地で行われたお祭りの総集編とかいう企画だって。

「……おめーの見間違いじゃないのか?」
「うん……そうかもしれないんだけど……」

 威勢のいいかけ声と、おみこし同士のぶつかる音が響いて。
 そのもみくちゃにされてるなかに、ちらっと見えたような気がしたんだけど。

 ぴんぽーん

 と、玄関からチャイムの音がして、マルチちゃんが出迎えに行って。
 玄関から、聞き慣れない女性の声が聞こえてくる。

「やっほ、マルチ。浩之は?」
「あ、えっと……リビングにいらっしゃいますー」
「ふーん、上がるわよ?」
「はい、どうぞですぅ」

 マルチちゃんに案内されて部屋に来たのは、来栖川先輩……じゃない人。
 寺女の制服を着て、肩から大きなスポーツバッグをかけて。
 ……先輩と同じぐらい綺麗なのに、全然雰囲気が違う。なんか、志保みたい。

「はーい、浩之ぃ。元気してた?」
「誰かと思ったら綾香じゃねーか。何の用だ?」

 ……綾香?
 えっと……来栖川先輩の妹さんで、松原さんと同じ何とかっていう格闘技の
チャンピオンだとかいう人……だよね。

「別に用ってほどじゃないんだけど、旅行に行ってたから、お土産」
「旅行? どこだよ、一体」
「ふふ、浩之は喧嘩神輿って知ってる?」
「あ? 今、テレビでやってるやつか?」
「あ、今日放送だったのね……」

 ソファーに座って、テレビの正面に陣取る来栖川さん。

「このお神輿のところに、私が……あ、ほらほら! 今、映った!」
「……あ」

 そこに映ってたのは、さっき私が来栖川先輩だと思った人。

「なんだ、綾香かよ……そんならいそうだな」
「何よそれ……」
「いやな、さっきあかりがさ、先輩がそこにいたって言って」
「姉さんが? いるわけないじゃない、そんなの」

 来栖川さんはクスッと小さく笑いながら、私を豹のような目で見つめてくる。

「……あの、おっとりした先輩がこんな中にいるはずないよね……」
「……人のこと言えた柄かよ」
「えへへ」
「先輩も、あかりも、マルチも、こんな中に入ったら出てこれねえだろ」
「……うん、そうかも」

 ……もし、こんな中にいたら……?

 まわり中を屈強な男たちに囲まれて、ただ人の流れに翻弄されて。
 誰のとも知れない手が、私の身体をもみくちゃにしていく。

「ん……っ……や、やぁ……」

 怯えた声を出しても、威勢のいいかけ声にかき消されて、誰の耳にも届かず。
ただ、嵐のように襲いかかってくる凌辱の手から身を守ろうと身を固くする。

「やぁ……っ……は、恥ずかしい……」
「恥ずかしがらなくていいのに」

 え!?
 私の耳元で、優しい女性の声がする。
 そこにいたのは、来栖川さん。
 猫科の肉食獣を連想させるようなしなやかな肢体を胸元の開いた法被に包み、
彼女は私の背後からしな垂れ掛かるように手を這わせてくる。

「あ……っ……来栖川さん……」
「綾香でいいわよ、あかりちゃん」
「や、やめ……んんっ……はぁっ……」

 法被の袷から入ってきた手が、私の胸を隠していたサラシを引き毟るように
奪い去っていくと、もう、私の身体を隠すものは大きく胸元の開いた法被だけ。

「フフ……恥ずかしい? 恥ずかしいでしょ?」
「は、はい……や、やめて……お願い……」
「い・や☆」

 ニッ、と白い歯を覗かせて、来栖川さんは白い手を私の身体に這わせてくる。
その人懐っこい笑顔とは裏腹に、私の急所を的確に刺激してくる繊細な指先。
 その繊細な中に大胆なタッチを受けて、私は極限へと追い上げられていく。

「ああっ……や、やぁ……来栖川さん……やめ……っ……」
「あ・や・か。綾香って呼ぶまで、許してあげない」

 ヒクッ、ヒクッと私の身体が細かく震え、喉から出る声からは力が失われて。
目の端に浮かんだ涙を、来栖川さんの舌がそっと舐めとっていく。
 そして、私の目の前でクスッと笑みを漏らして、私の法被に手をかけるの。

「……さ、あかりちゃん? みんなに見せてあげよっか」
「え……」
「はいっ」
「や、やめ……っ……」

 まるで手品か魔法のように、来栖川さんの手が私の法被を引き抜いて……。
淡いピンクに上気した私の肌が、男たちの視線にさらされていく。
 いくら身体を小さくしようとしても、来栖川さんは見かけによらず強い力で
私の両足を掴んで離してくれなくて、むしろ逆にみんなの目に触れるようにと
足を大きく開かせられてしまうの。

「い、いやぁ……っ……」

 悲鳴を上げているつもりなのに、私の口から漏れてくるのはかすれた声だけ。
口の中は恐怖でからからになっちゃって。
 男たちの、ぎらぎらと欲望にぎらつく視線が身体の隅々までねめつけてきて、
私はただ獣の前に引き出された小動物のように怯えることしかできなくなるの。

「許して……許して、助けて……」
「フフ……可愛いわよ、あかりちゃん」

 誰にともなく呟く私に、来栖川さんの囁き声が聞こえてきて。
 恐いのに、恥ずかしいのに、私のア……アソコは、もうたっぷり濡れてて。
男たちの視線に、嘲るような色が混じっているのが判るの。

「なんだ、こいつ濡らしてやがる」
「そんなに犯してほしいのか?」

 罵るような言葉が、熱く火照った私の身体に突き刺さってくる。
 私はただ怯え、首を横に振りたくって。

「嫌……嫌、やぁ……」

 まるで幼稚園児のように、拒絶の言葉を漏らすことしかできなくて。
 男たちは、そんな私の手足を掴んだまま、裸のままの私を一気に持ち上げる。
沿道の人たち、テレビカメラ……そういった、色々な視線の中、私の意識が、
だんだんと真っ白に染まっていって……。
 身体の中心が、急激に熱くなっていって……そして……。


「……でさ、すんごく面白かったんだから」
「ふーん……」
「何よ、浩之。興味ないの?」
「ああ、そういうわけじゃないけど……な」

 浩之ちゃんの視線が、私のほうに向いてる。
 え? 私?

「あー、姉さんといっしょで、こんなところに行くと絶対迷子になりそう」
「先輩もそうなのか?」
「うん。セバスか私がついてないと、絶対迷子になるんだから」

 そう言うと、アメリカ人っぽく肩を竦めて、私にウィンクを投げてくる。
 そ、そんなことされたら、来栖川さんのほう見れないよ……。

 私は、逃げるようにテレビに視線を向ける。

 え!?

「ひ、浩之ちゃん!」
「んぁ?」
「こ、ここ! ここ!」

 私は慌てて画面を指差す。
 そこには、箒に跨がって空を飛ぶ来栖川先輩の姿。

「……魔女って、本当だったんだ……」

 ぺし。

「あ……えへへ」
「ってーか綾香! 迷子じゃん、先輩!」
「う、うん!」





<つづく>
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