へなちょこ芹香ものがたり☆ばんがいへん

その1 「めざまし魔女」






 るんた、るんた、るん。

 私は足取りも軽く浩之さんのお部屋に向かいます。

 昨日から、セリオとマルチの二人がメンテナンスでいないから。

 この家にいるのは、私と、浩之さんと、綾香だけ。
 でも、あの子は朝が弱いから、きっとまだ寝ているはず。

 ということは、今は私と浩之さんしかいない時間。

 るんた、るんた、るん。


 ぎっ。いきなり洗面所の扉が開きました。
 何か出たのかと、思わず口の中で呪文を唱えます。


「……あれ? 姉さん?」

 あれ? 綾香でした。

「……こんな朝早くにどうしたのよ」
「……」どうしたの、って
「そんな奇妙な……またどこかの部族の精霊の舞踊とかなの?」

 ……精霊の舞踊……それもいいかもしれません。
 でも、そうじゃありません。私はスキップしているんです。
 浩之さんを独り占めする喜びにひたっているんです。

「……」そうじゃありません
「じゃあ何? それ……」

 あっ……答えてしまうと、綾香も来るかもしれません。
 それは困ります。
 いえ、それより、この娘がこんな朝早くに起きてきているなんて……
 何か悪いものでも食べたのでしょうか。

「……」大丈夫ですか?
「……大丈夫かって……何がよ」c
「……」休みの日はいつも昼過ぎまで寝ているのに……
「それは姉さんも一緒でしょ、まったく……」
「……」今日は特別な日ですから
「何? また『月の巡りがいいから』とか?」
「……」そんなところです
「ふーん」

 じろっ、と猛禽類のような目で私を見つめ、そして小さく溜め息一つ。
 綾香、歯ブラシを咥えたままで溜め息は難しいと思いますよ。

「そう。あ、私はもうちょっと寝てるから。じゃましないでね」
「……」わかりました。ごゆっくりどうぞ

 やっぱり。
 寝る前に歯を磨くのはレディーのたしなみです。
 いくら乱暴なあの子でも、それぐらいは判ってるみたいです。
 セリオがいないからって、夜更かしのしすぎですよ。



 そーっと廊下を歩いて、浩之さんのお部屋の前に立って。

 ノックをすると、それで起こしてしまうかもしれません。
 でも、ノックをせずに戸を開けるのは失礼です。

 私はちょっと考えた後、胸の前で小さく指をからませました。
 きらきらと揺らめく光の欠片が私を包み込みます。

 うん、これで大丈夫。

 私はそのまま扉に向かい、扉を抜けて中に入ります。

 こうすれば、うるさい音も立てず、失礼にもなりませんよね。



 予想通り、浩之さんもまだ眠っていました。
 私は、そっとそのまくら元に立ちます。

「……」おはようございます、浩之さん

 ……返事がないようです。

「……」おはようございます、浩之さん

 少し声を大きくしてみましたが、まだ起きてくれません。
 私はちょっと寂しくなりました。

「……」おはようございます、浩之さん

 精一杯の声をあげても、ぐーぐーと眠っておられる浩之さん。
 私は、ちょっといたずらな気持ちになって、その横に身体を横たえました。

 薄手のネグリジェ一枚だけのしどけない姿で、浩之さんの隣に寝ていると、
浩之さんの優しい体温が伝わってきます。
 あったかい、です。

 浩之さんの広い胸に頭を預け、私は小猫のように丸くなりました。

「……」おやすみなさい、浩之さん

 浩之さんの眠りを覚まさないように小さな声でそうささやいて、私はそっと
目を閉じました。
 まだ時計は午前3時。
 朝までにはまだ5時間ほど時間はありますから、ね。



<…………(こくこく)>
<…………(ふるふる)>