へなちょこ綾香ものがたり

その4「貴方に捧ぐ 2」








「ご馳走様ぁ」

 不安感を押し切って、食べた皿は机の上に。
 で……俺がベッドに腰かけると、綾香も隣にぽふっと座って。

「……で、どう?」

 ちょっと心配そうな顔で俺を覗き込む綾香。
 うをっ……そんなに顔を近付けたら、俺の中のケダモノが(爆)。

「美味かったぞ、予想以上にな」

「ありがと……で、どう?」

 ちっとも……いや、少しだけ嬉しそう。
 でも、彼女の興味はもっと別のところに向けられているようだった。

「……何が?」

「身体の調子とか……」

「何かマズいもんでも入ってたのか?」

 しまった、混合型の薬物だったら……?
 ホットケーキの上に載ってたバターや、紅茶なんかに混ぜられていたら。

 ホットケーキ単体では効果なしでも、それと混ざることによって効果を発揮
する薬物だったら……。
 って、エポキシパテが入ってるみたいで嫌だなぁ(爆)。

 むぅ、それで『全部食えや固羅』なんて言いやがったのか。

「……浩之は、『媚薬』って聞いたことある?」

 媚薬……何ていうか、その……惚れ薬っつーかそんなものか?
 飲んでから最初に見た人を好きになってしまうという……。

「名前だけは」

「それの、強力版。姉さん会心の最新作よ」

 ……何?

 そういえば少し前に先輩から『媚薬が出来ました』って部室に誘われたこと
があった気がするが……確かあの時はマルチと先に約束してたから、悪いけど
丁重にお断りしちゃったんだっけ。

 ううむ、惜しいことをした。

「……でも、入れたのは少しだろ?」

「それがね……30回分が、ほら」

 背中のどこに隠していたのか、とにかく背後から小瓶を取り出す綾香。
 滋養強壮剤の瓶に酷似しているが、それには『芹香ラボ謹製』とのシールが
貼ってあったりして。
 ……遂にそんなモノまで用意したか、先輩。

「30回って……俺だけでか?」

「ううん……私も、同じくらい……浩之の紅茶には、余った分を全部入れたん
だけどね」

 つまり、俺の方が少し多く摂取してしまったと。

「……で、いつ頃効果が?」

「それがね、そろそろ効いてくるはずなんだけど……」

 時計とにらめっこしながら。
 俺をちらちらと気にしつつ、何か頬が赤いぞ綾香。

「何か、身体が火照って来たけど」

「あ、あのね……姉さんが言うには『好き合ってる同士には効果がない』って
ことなんだけど……浩之は、どう?」

「だから、身体が何か熱いって」

「そうじゃなくって……どう?」

 だから、こう……身体の芯から熱い何かが……。

「あ」

「何? どうしたの?」

 心配なのか、不安なのか。
 何故に綾香がそんな顔をしているのかはわからないが、今そんなに近寄られ
たりしたら……。

「わ、悪いけど……少し離れて欲しいな、なんて」

 俺の暴れん坊が騒ぎ出して……いや、この場合は暴れん棒か(爆)。

「……そんな」

 きゅ……。

「浩之……私のこと、嫌いなの?」

 俺の袖口を掴み。
 その視線は、俺の眼を貫き。
 その吐息は、俺の肌を灼き。

「そんなわけ……ないだろ?」

 嫌いなら、一緒に住んだりしないって。

 いや……今までに綾香の優しさを知っているだけに。
 俺が綾香に抱いているのは、それだけの感情ではない。

 むしろ、好きだ。

「だって、浩之……私には何もしてくれない……」

「何も、って……」

 ……俺は、そこで言葉につまった。

 綾香の零した、一滴の涙。
 それだけで、俺のたがは外れてしまった。

 隣に座っている綾香の身体を抱きしめ、そのまま一気に押し倒して。

「あ、綾香っ!」

 ぎゅっ!

「あ……」

 ばふっ!

「お前、男の家に居つく意味がわかってるのか? 俺に変な薬飲ませて、何を
されるかわかってるのか……?」

「わ、私は……」

 がたがたと、小刻みに震える綾香の身体。
 やはり、甘い覚悟だったか。

「今のうちなら、まだ何とかなるぞ。今すぐ俺をノして、自分の家に帰れ」

「…………」

 すっ……。

 綾香は、ベッドのシーツをきつく握り締めていた両手を。
 ゆっくり……ゆっくりと、上方に伸ばし。

 さぁ……どんな技で俺を沈めてくれるんだ、綾香……?






 ぎゅっ……。






「あ……綾香……?」

「わかってるからこそ、こうしてるんじゃないの」

 ふっと、綾香の身体に力がこもり。
 次の瞬間……身を固くした俺は、綾香の柔らかな腕の中に包まれていた。

「浩之こそ、私のことを甘く見てるんじゃないの?」

「え?」

「浩之と同じ薬を、同じだけ飲んだのよ? 生半可な覚悟じゃなかったけどね
……きっとあなたも今、私と同じ状態なんだと思うけど……」

 そういう綾香は。

 瞳は潤んでいて。
 上気した頬。
 時折当たる感触がある、綾香の胸の先端。

 そして……俺は下腹部にも、自分自身以外の熱さを感じていた。

「ね……わかる? 私の身体も、とても熱くなってるの……こんな状態で家に
帰れって言うのは、ちょっと酷じゃない?」

「……いいのか? ここを越えたら最後、元の俺達には戻れないんだぞ……?」

 今なら、まだ間に合うはず。
 今なら、抑えられるはず……。

「元の関係より、きっとこの先にある関係の方が……私は素敵だと思う」

「綾香……」

「だから、浩之……私を抱いて」

 駄目だ、そんなこと言ったら……。
 もう俺、抑えきれない……!

「あ……綾香ッ!」

「ああっ、浩之……っ!」

 それが、嚆矢だった。
 貪るように唇を求め、引き千切るように服を脱がし合い。






 その晩、俺達は初めて1つになった。












「……『初めて』が浩之だなんてねぇ……」

「……うるせぇ。後悔しても、今更返せないぞ」

 ベッドに2人で横たわり。
 一試合終わった後の、ちょっとした小休止ってやつだ(爆)。

「馬鹿ねぇ、後悔なんかじゃないわよ。夢にまで見ていたコトが現実になった
から、ちょっと信じられなくて……」

 何を思い出しているのか。
 桜色だった頬を、更に色濃く染めて。

「へぇ、綾香はそんなにえっちな娘だったのかぁ」

 にやにやしながら、俺が言うと。

「馬鹿ぁ……私の夢より現実の浩之の方が、もっとえっちだったわよ……」

 うっ。
 そ、そこまでは責任持てないぞ。

 と、そんな俺を優しい笑顔で見つめる綾香。

「ね、さっきのが私のファーストキスだったのよ?」

「……そ、そうなのか」

 ううむ、初めて尽くし……何て幸せなんだぁ。

「これからも、『初めて』を一杯体験させてよね……」

 ちゅっ。

「よし……じゃあとりあえず、初めての2回戦ってことで……」

「も、もう……浩之ったら、えっちなんだから♪」

 とはいえ、何だか嬉しそう。
 お前だって、やる気満々じゃん。

「……朝になっても治まらなさそうだな、コレ……」

「わ、私も何だか……」

「30割る2で、およそ15回分……ちょっとやりすぎたな、綾香」

 効きすぎたと言うべきか。
 ともあれ、その効果の程はこれから実証されるだろう(爆)。

「え? これから15回もスルの?」

「……やっぱお前、えっちなのな」

 いくら何でもそんなに持つかい。






 ……と、その時はそう思ったのだが。

 翌日の朝、妙に外が眩しいことに気付いた時には。
 俺達2人、すでに回数を数えることすら忘れていた。

「はっ……はふっ……んぁぁっ、またぁっ……ああっ」

 と……聞いたことのないような声で喘ぐ綾香も、黙々と動く俺の身体の下に
いたりして。
 ……2人揃って、もう少し頑張るつもりらしかった。

 恐るべし、先輩の薬。
#薬のせいにしてはいけません(笑)。





<……続かないのよ>
<戻る>