へなちょこ綾香ものがたり

その9「猫が好き」








「綾香ぁ〜」

 のさっ。

「きゃっ? な、何よ急に」

 ぼけーっとテレビを観ていた綾香に、前触れもなく後ろから覆い被さる俺。
 綾香が気配を察していなかったはずもなく、特に驚いた風でもないのが残念。

「綾香って、絶対猫系だよな」

「何よその『系』ってのは」

 よく口が猫口になるし、何かしなやかで猫科動物な感じがするし。
 っていうか絶対猫耳が似合いそう。

「いや猫だ。決定。つーわけで頼むぜ」

「何がよ?」

 怪訝な顔の綾香に、俺は不敵に微笑み返し。
 指をぱちんと鳴らすと、陰に控えていたセリオが現れる。
 彼女は例のスーツ一式を抱えていた。

「まさか……この私にっ!?」

「うん、そのまさか」

 間髪入れずに頷く俺。

「血統いいし、毛ヅヤだって大したもんだ。きっと似合うと思うんだけどなぁ
……」

 そっと綾香の黒髪をなでつつ、そんなことを口走ってみる。
 案の定、彼女は頬を紅に染めて……。






「……にゃぁ」

 たしっ。

 恥ずかしそうに俺の目前に立った黒い猫。
 ……やたらと可愛いじゃねぇか。

「似合うじゃん、綾香」

 さわさわっ。

 俺は早速付け耳をなでてみるけど。

「……恥ずかしいわよ」

「あれ? 耳、何も感じないのか?」

「何が?」

 さわさわさわのさわっ。

「……マルチやセリオだけに許された特権かッッ!」

 そうか、神経接続の関係で……ぬうううう、そんな罠が待っていたとわっ!
 ……まぁいいや(やけにあっさり)。

「これ、単なるヘアバンドなのよね」

「興醒めすること言うなよな」

 わかっちゃいるんだけどさぁ。
 マルチやセリオは、耳や尻尾まで感じてくれてたし……どこか寂しいな。

「何よ、浩之がどうしてもって言うから」

「ああ、悪かった悪かった」

 だきっ。

「あ……」

「ん?」

「暖かい」

 ……そういや、ちょっと綾香の肌が冷え気味なように思う。
 もう少し密着して暖めてやろう、べたべた。

「ふふ……この格好、少し露出が多過ぎるのよね」

「俺はその方が嬉しいぞ」

 ぺしっ。

「調子に乗らないの」

 ううむ、叱られてしまった……やっぱり抵抗あったんだろうか、この格好。
 マルチやセリオは喜んでやってくれるのになぁ。

「やっぱり嫌だったか? コレ」

 つんつん。

 にくきうぷにぷに。
 うむ、いい柔らかさだ……綾香の胸といい勝負だ(爆)。

「……時々なら、別にいいわよ。浩之が喜んでくれるなら、私も嬉しいしね」

 やったぁ。
 何かに付けてお願いしよっと。

「尻尾はどうかな」

 ぎゅ。

 先程から下に垂れたまま動かない尻尾。
 やっぱり感覚ないのだろーか。

「あんっ……引っ張らないでよ、抜けちゃうから」

「……何ぃ?」

 ナニがドコから抜けるって?
 つーか言わなくてもいい、自分で確かめるから。

 ……なるほど、恥ずかしそうにしているわけだぜ(爆)。

「あやあああやや綾香っ、猫と言えばやはり一緒にごろごろだよなっ」

「なっ、何よっ!? 眼が座っちゃってるぅ……」

「いいからいいからっ」

 わたわたわたっ。

「きゃ、乱暴にしないでよぉ」






 はい、優しくします。
 そう思ったのはその時だけ。

 今日綾香はイイ声で鳴いてくれたのだった。






<……続かないのよ>
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