へなちょこセリオものがたりM

「わん、つー、じゃんご」








「浩之さん。ここに正座して私の瞳をよく見てください」

 休日にマルチの作ったちょっと遅めの朝食を食べ終わり、自分の部屋に
入るなりそう言われた。

 なぜかセリオはベッドの上に背筋をぴしっと伸ばして正座している。

 真剣な顔で言ってくるセリオ。というより怖いほど無表情。

「あ、ああ」

 なんとなく威圧されてセリオの言葉に従う。

 ………オレ、何かしたか? 心当たりを探って頭を思い巡らすが………、
まったく無いような気もするし、たくさんあるような気もするし。
 ま、どっちかっつーと後者?(爆)

「わん、つー、じゃんご」

 怪しい掛け声と共に、セリオはそのまま目を閉じ、完全に停止する。

「ど、どうした?!」

 俺の頭にもしやという悪い想像がよぎるが慌てて振り払う。よく判らんが、
どう見ても寝てるだけだし、だいたい、セリオがどうかしたなんて、そんな
ことは考えたくもない。

「くー」

 すぅすぅと穏やかな息をたてはじめる。
 って寝てるよ。

「もしもし?」

 返事はもちろん無い。やっぱり完全に寝てるらしい。

 な、何がしたいんだ?
 それに第一、さっきの催眠術もどきはなんじゃ?!

 ……ぱたん。

 そのままベッドに倒れこんでしまった。陽光を浴びて真っ白に輝くシーツに、
セリオの緋色の髪がたくさんの柔らかな曲線を描いている。
 そしてさらに柔らかな曲線を描く胸の膨らみが、セリオの吐息に合わせて
緩やかに上下する。

「う、うーん」

 セリオはなんとなく色っぽい声を漏らし寝返りを打った。半開きになる唇が
艶かしい。

 ごくり。思わず喉が鳴る。

 両足はさらに崩れ、シーツと白さを競うふとももをさらけ出していた。
 いつもはその脚を半分覆い隠すはずのスカートも麻のように乱れて、その
役目を十分に果たせていない。

 俺の右手は乱れた布に隠された滑らかな白い肌を目指し………

「って、ちょっと待て、俺! 何かオカシイ!
 こんなおいしいシチュエーションが突然、目の前に転がってくるなんて。
 きっと罠だ! そもそもさっきの催眠術といい、微妙にはだけたスカート
といい、いかにも過ぎる!
 おい、本当は起きてるんだろ?」

「………すー」

 マジ? でも、まあ、狸寝入りのような感じはしない。念のため、頬を
ぷにぷにとつねってみるが反応も無い。
 ここで手を出さなかったら漢じゃないだろう。うん、これは仕方が無いことだ。
悪いのは、俺が漢の中の漢であることと、セリオの魅力なのだ。

「セ、セリオ? いいのか?」

 返事が返ってこないと確信しながら呼びかける。まさしく『異議なきときは、
沈黙を持って答えよ』って伯爵様な気分だ。

「何がですか?」

 ………………………………………………………。

「ってやっぱし狸かーい!! やっぱり、罠だったー。そうやっていたいけな
少年の心を弄ぶなんて、鬼、悪魔、人でなし!」

 さらっと何事も無かったように起きたセリオに、俺は思わず叫び声を上げた。

「あ、あの浩之さん。ちょっと驚かせようとしたのは謝りますし、人でないのは
確かですけど、エルクゥと同列に扱うのはひど過ぎです。それに狸なんかじゃ
ありません」

 心外そうな声で言われて、ちょっと冷静になる。
 確かにセリオはただ単に眠っただけだ。

「あ、ああ、よく考えれば、漢の不可抗力とはいえ、セリオの魅力に勝手に
身体が動いてしまった俺の責任だった。って、え? 狸じゃない?」

「そうです。本当に眠っていたんですよ」

「じゃあ、あの怪しい催眠術もほんとだったんか」

 それにしてもあの掛け声はやめろ(爆)
 セリオはこともなげに、

「もちろんです。そうですね……」

 いったんそこで言葉を切って、物覚えの良くない子に教える女教師といった
口調で話し始める。

「浩之さんは『ヒプノセラピー』という医療技術があるって知ってますか?」

「えーと、確か催眠療法とかいうやつだろ?」

 俺は以前テレビでやっていたドキュメンタリー番組を思い出す。確か
ストレスなどによる精神的な障害を取り除くカウンセリングの一種だとか
なんとか。

「その具体的な技術がサテライトのデータベースに登録されたんですよ。
本来は精神患者が医者と十分なラポール……信頼関係を結んで行うんですが、
信頼関係がしっかりとしていて技術があれば私たちメイドロボにも行えること
ですから」

 確かにメイドロボは介護補助を目的とした需要が高いから、通常のカウン
セリングはできるだろうし、そのような情報が登録されるのはもっともだ。
 しかし、

「んで、ダウンロードしたその情報を試してみたくて、自分自身にかけてみた、
と」

「はい。やり方さえ正しければ、自分自身にかけるのも可能なんです。信頼
関係を結んでいる人の目を見つめれば、より成功しやすいんです。ですから、
浩之さんの目を見ながら、私の名前を浩之さんが呼んでくれれば目覚める
ように暗示をかけて、こう………」

 少しづつ説明に力が入ってくるセリオの言葉を冷めた口調で遮って、

「ほお。それで俺に説明も無く、催眠術にかかったわけか……」

 びくっ。俺の冷たい半目に身体を震わすセリオ。
 おそるおそる不安そうにこっちを見る。

「そーゆーことは、俺に相談してからやれ〜〜〜〜!」

 俺の怒鳴り声に思わず目をつぶる。
 まったく、今回はすぐに寝てるって判ったから良かったけど。

 ………………。

 ぎゅっ。

「え?」

 まだ目をつぶってたセリオを思わずきつく抱きしめる。
 セリオも俺が心配したことを判ってくれたのか『ごめんなさい』と耳元で
囁いた。

「でも信頼関係を結んでいる人って言葉が嬉しかったから、今回は許す」

 からかうように言うと頬を染めて口を尖らす。

「も、もう、浩之さん、いじわるです」

「ははは。黙っていた、お返しだよ。それにセリオの寝姿、可愛かったし」

 ぼ。さらに真っ赤になるセリオ。

「…………ぁ、あの、そ、それなら、相手の言うがままに従うって催眠術を
自分にかけることもできますよ?」

 最後の方は聞こえないぐらいに小さな声になってる。

 え? そそそ、それは………。
 セリオは俯いて柄にも無くもじもじしながら、

「かかるまで浩之さんが私の目を見ていてくれないといけないですけど……」

「お願いします」

 瞬時にセリオの前に正座する俺であった。



 そのあと、一段落ついた所(爆)で、セリオが聞いてきた。

「そういえば、さっきの浩之さんの話なんですけど、私の魅力に身体が動いて
しまったとか言ってましたが、私が寝てる間に何をしたんです?」

 ぎくぅぅぅっ!!

「い、い、いや何もしてないよ」

 冷や汗だらだらで答える俺。そんな俺にセリオは目を細めて、

「そうですか。何もしてないんですか。それは信じましょう。
では、何をしようとしたかを教えていただけますか?」

「あ、あの、その」

 やな予感に慌てて逃げようとするが、腕を捕まえられ、むりやり正座で
座らされる。

「催眠術は相手にかけるのが普通ですよね?」

 俺に満面の笑みで俺の目を見つめながら、

「教えてくださいますよね?」

 ひえええええええええぇぇぇぇ。






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