へなちょこ芹香ものがたり

その6「魔女の沐浴」








 先輩が、タオルと着替えを持って俺の前に立ち。
 その口から出た言葉は、予想通りのものなのだった。

「…………」
 お風呂、入りませんか?
「ん? おう、入ろう入ろう」

 先輩からのお風呂のお誘い。
 俺は1も2もなく飛び付いたわけで。






 かっぽ〜ん……。

「ふーん、芹香は温めの風呂が好きなんだ」

「…………」
 はい
 ゆっくりゆったりのんびり入ってそうだもんな、先輩。
 わしゃわしゃと丁寧に髪を洗う先輩を眺めながら、そんなことを思う俺。

「…………」
 あっ……目にシャンプーが
「何? 目にシャンプーが入った? 悪い、途中で俺が声かけたもんだから」

 心なしか慌てている先輩。

 俺は慌てて洗面器にお湯を汲み、先輩の頭上からかけてやる。
 髪の泡を全て流してから、顔に付いてる泡を流して。

「はい、悪いけど目は自分ですすいでくれ」

「…………」
 ありがとうございます
「いいって、礼なんか」

 俺が原因だったんだろうし。

「…………」
 やはりシャンプーハットが必須ですね
「……芹香、まだそんなの使ってたの?」

 シャンプーハットとは恐れ入ったぜ(笑)。

「…………」
 恥ずかしいので、しばらく使ってなかったんですけど
「いいって、別に俺のことは気にするなって。逆に可愛いとか思ったぜ」

 ……こくこく。

 うん、これで次からは先輩のシャンプーハット姿を拝めることだろう。






「…………」
 るるるー
 ボディソープ&スポンジで、わしゃわしゃ身体を洗う先輩。
 気分がいいのか、鼻歌まで鼻ずさんでるぜ。

「ご機嫌だね」

「…………」
 ええ、浩之さんと一緒で嬉しいですから
 ざぱっと上からお湯を被り、身体の泡を流す先輩。

 何の気なしにぼーっと眺めてたけど……やっぱり綺麗だよな、先輩。
 すっきりしたライン、でも出るトコは出てて引っ込むトコは引っ込んでる。

 ……見れば見る程綺麗だよな、先輩。

「先輩は、安産型だね」

 ぺたぺた。

「…………」
 きゃっ
 ……驚いてるんだかいないんだか(笑)。

「ごめんごめん」

「…………」
 もう……浩之さんのえっち
「おう、俺はえっちだぜ。知らなかったとは言わせないぞ、先輩?」

 ケダモノ扱いされてる程だし(爆)。
 単に彼女らの期待に必要以上に応えてるだけなんだけどなぁ。

「…………」
 もう
 頬を染めつつ立ち上がり、湯船に足をかける先輩。
 ずーっと見ていたいけど、あまりに恥ずかしそうだから手拭いで顔を拭いて
誤魔化してみたり。

 ちゃぽん。

「…………」
 ところで浩之さん
「ん?」

「…………」
 さっき『先輩』って呼んだでしょ
「あ……でも先輩だって、俺のこと『浩之さん』って言ったじゃないか」
#わからんって(笑)
 俺がそれを指摘すると、少し困った顔になる先輩。
 ……先輩は先輩なんだし、もう慣れちゃってるから何なんだよなぁ。

「ま、お互い様ってことで……その時の気分で呼び方変えればいいじゃん」

「…………」
 駄目です
 ふるふるっ。

 おいおい先輩、ちょっと頑固だなぁ。
 普段は気弱そうに見えるけど、芯が強かったりするんだよな。

「怒った?」

 こくこく。

「許してくれる?」

 ふるふる。

「……へん、別にいいもーん」

「…………」
 ……えっ?
 隣で慌てる先輩に背を向ける格好で、湯船のなかでいじけて見せる。

「ふーんだ。先輩が許してくれないなら、俺だって許さないからな」

「…………」
 そ、そんなぁ
「そんなも何も、お互い様だろ? だから、俺も先輩を許さない」






 ……ぴとっ。

「…………」
 そんな、ずるいです
 ああそうさ、俺はずるくて自分勝手な奴。
 だから背中に先輩の胸が当たってても、先輩が俺の首にぎゅっと腕を回して
抱き着いてても、果ては少し悲しそうな声が聞こえて来ても……。

「…………」
 お願いだから、仲直りしてください
「仲直り? その為にはまず、先輩が許してくれないとなぁ……」

 ううむ、我ながら何て奴だろう。

「…………」
 許します、許しますから……
 ぎゅう。

「ほんと? 許してくれるの?」

 ここぞとばかりに先輩の腕を解き、勢いよく振り返る俺。

「…………」
 きゃ
 目の前に、先輩の顔。
 驚きと悲しみとが、同じくらい。

 ……ちょっと、悪戯が過ぎたかな。
 などと反省していると、先輩はゆっくりと頷いて。

 こくん……。

「…………」
 浩之さんに嫌われるなんて、考えたくもありません
「そんな、俺は先輩を嫌いになんかならないけど……先輩は、俺のこと好き?」

「…………」
 ……大好きです……だから、許してください……
 不安な表情のまま、俺にすがり着く先輩。
 ついつい俺は、顔がニヤけて来てしまい。

「ぷっ……先輩って、すっげぇ可愛い」

「…………」
 ……え?
 きょとん、と俺を見つめる先輩。

「嬉しいなぁ、先輩に大好きだなんて言ってもらえて」

 全く、俺は三国一の果報者だぜ。
 ……ととと、先輩が気持ちジト目だ。

「…………」
 もしかして……からかったんですか?
「ん? からかったわけじゃないよ……先輩が誤解したんじゃないか」

 っていうか誤解させたのは俺だけど。

「…………」
 ひどいです
「ごめんごめん……でも、嬉しかったよ。マジでさ」

「…………」
 …………
 ぶくぶくぶく……。

 特別熱いわけでもないお湯の中、頬を真っ赤に染めた先輩。
 鼻まで湯船に漬け、口から泡を出してたり。

 ざぱっ……。

 先輩は珍しく勢いよく、湯面を波立てながら後ろを向いてしまった。
 表情はあまり変わってなかったけど……その頬は少し膨らんでたように思う。

「…………」
 浩之さんの馬鹿ぁ
「あ、怒った?」

 こくこく。

「…………」
 怒りました
「ごめん、俺が悪かったよ」

「…………」
 許しません
 うぁ……参ったな、本当に怒っちゃったか。

「先輩ぃ〜」

 だきっ。

 先輩の背後から、今度は俺が抱きしめる。
 ふよっとした感触、お湯の中では先輩の身体はいつもより更に軽く感じる。

「許してくれないんなら、このままだぞ」

「…………」
 んーっ……
 ちょっとの間先輩は、バスタブの縁に掴まって抵抗してたけど。
 それも数秒のこと、やけにあっさり俺に抱き寄せられる。

 俺は彼女を前に抱えたまま、後ろのバスタブに寄りかかるようにして。

「どう、許してくれる気になった?」

 全く、許しを請う者の態度じゃないよな(爆)。

「…………」
 ……絶対に許しません
 ぜ、絶対に許さないって……そんな嬉しいことを(爆)。

「そんなこと言わないでさぁ」

 嬉しいからいいんだけど(爆)。
 いや、許してもらわないといけないんだってば。

「お願いだから許してくれよぉ」

 ぎゅぅ。

「…………」
 絶対の絶対に許しません
「そんなぁ……じゃ、絶対の絶対に放さないからね」

「…………」
 ……約束ですよ
 後ろからだから、表情はわからなかったけど。
 先輩は、嬉しそうに少し俯いたように見えた。












「…………」
 ……へくちっ
「先輩はくしゃみも可愛いなぁ……って、ぶぇっくしょぃ!」

 あー、ずるずる。

 結局昨夜はあのまま2時間。
 元々温かったお湯はすっかり冷めてしまい、俺達は仲よく揃って風邪をひき。

「…………」
 ……へくち、へくちっ
「先輩……今度は、早目に上がろうな」

「…………」
 嫌です
 嫌って……そりゃ、ゆっくり入るのが好きなのはわかるが、昨夜はゆっくり
し過ぎだって。
 ……あ、いや。これは何かよからぬこと考えてるな。

「…………」
 浩之さんに沢山抱っこしてもらいたいですから
 やっぱし抱っこか。

「そんなの、いつでもしてあげるのに」

 ほら、ぎゅっとな。

「…………」
 抱っこだけなんですか?
 いや、抱っこだけじゃ済まないけどね。
 その証拠に、俺の唇は先輩の唇を求めて……。

「…………」
 へくち、へくち、へくちっ
 と、そこで先輩がくしゃみ3連発。
 ……ったく、もう。

「……先輩、暖め合って早く風邪治そうね」

 とりあえずティッシュで顔拭いてっと。
 ついでに鼻もかんでおこう、ずびーむ。

「…………」
 ……ごめんなさい
 先輩も、ちょっと残念そうだった。






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