へなちょこ芹香ものがたり

その10「猫の道の魔女」








 ぷーっ、すぱー……。

「お? 先輩、煙草なんか吸ってるの?」

 いかん、高校生が煙草とは実にけしからん。
 しかも俺は女性が煙草を吸うのは反対派だ。
 いや別に女性差別とかしてるわけじゃないけどな。

「…………」
 いえ、これは煙草ではありません
「ん? んじゃ何なのさ」

 試しに煙に頭を突っ込んでみる。
 匂いもしないし咳も出ない、確かに煙草ではなさそうだ。

 ……んで結局何なのさ。

 ぷーっ、すぱー……。

「…………」
 新開発のお薬です
 ま、また新しい薬か。
 一体今度は何なんだろう。

「…………」
 吸うだけで気持ちよくなれるお薬です
 そりゃヤバいって。
 麻薬か何かの類か?

「先輩、薬はいけない。身体も精神もぼろぼろになるぜ」

「…………」
 大丈夫、副作用はありません
「副作用なし? 麻薬とかとも違うの?」

「…………」
 はい、新開発ですから
 ぷーっ、すぱー……。

 さすが魔法使い兼マッド薬剤師。
 また妙ちくりんなモノ作るなぁ。

「なぁ先輩、俺にも吸わせてくれよ」

「…………」
 あの、まだテスト段階ですけど
「いいっていいって、副作用ないんだろ?」

 俺は先輩から煙管を無理矢理受け取り、軽く吸ってみる。

 ぷーっ、すぱー……。

「あ、間接キスだ」

 俺がにやにやすると、先輩はちょっと頬を赤らめた。

「…………」
 もう、浩之さんったら
 それはそれとして、その煙を吸った俺の身体に変化が起きていた。

 頭が痛い。
 尻……っつーか尾骨が痛い。
 手足も痛くはないが、妙な感覚だ。

「せ、先輩……何か身体中変なんだけど」

「…………」
 あら……変ですね、私の時は何ともなかったのに
 うむ、先輩が平気で俺だけに影響が出るってのも変だ。

「…………」
 男性の方にだけ効果が出るようですね
 男だけに効果が出るぅ? またそれは難儀な話だぜ。
 って言うか俺はどうなっちゃうの?

「う……何か生えて来た」

 むっくむくむくぅ。

 頭も尻も、そして手足にも。

「…………」
 あら、成功ですね
「こ、これが成功? 待ってくれよう」

 俺の身体は、猫耳・猫尻尾・猫手猫足になっていた。

「こ、これが『気持ちよくなれる薬』かよ」

「…………」
 ええ、予定では『猫になる→浩之さん暴走→気持ちいい』でしたが
 うう、何か単純な式だけど何も言い返せない自分が可愛い。

「それはそれとして、これって治るの?」

「…………」
 はい、気持ちよくなれば自然に消えます
「そ、そうか」

 気持ちよくなれば消えるってことは……にゃんにゃんしちゃえばいいわけだ。

「先輩ー♪」

 俺は先輩に飛びかかった……つもりだったが。
 その実、単に膝元に飛び込んでごろごろと甘えただけだった。

「な、何か思い通りに身体が動かない!?」

「…………」
 はい、猫さんですから
「ってことは……気持ちよくなれない!? ずっとこのまま!?」

「…………」
 大丈夫です、任せてください
 そう言うと先輩は、ごろごろ甘える俺の頭をなで始めた。

 なでなでなで……。

「あー……」

 なでなでなで……。

 陽射しはぽかぽか、先輩の柔らか膝枕。
 その上、先輩流なでなでが加われば……。

「…………」
 うーん、なかなか戻りませんね
「うーむ、こういう手もあったかぁ」

 段々と視界が薄らいで来る。
 こんな気持ちいい要素に囲まれて、眠くならない奴は変だ。

「う、うにゃ〜……」

 先輩の優しいなでなでを受けながら、俺はいつしか眠ってしまっていた。






「……はっ!?」

「…………」
 お目覚めですか、浩之さん
「お、おう……よく眠れたぜ」

 どれくらいの時間が経っただろうか。
 いやそんなことはどうでもいい、尻尾や耳は……?

「おお、治ってる」

 ぺたぺたと頭や尻を触る俺。

「…………」
 よかったです
「おう……ところでさ、先輩」

「…………」
 はい?
「猫化するんだったら、マルチかセリオから猫スーツ借りればよかったと思う
んだが」

「…………」
 はっ
 先輩はがびーんと驚いた。






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