へなちょこセリオものがたり

その169「体育祭の後に」








「あー疲れた……おーい、何か飲むもんくれ〜」

 日曜返上での、全校一斉体育大会。
 なしてわざわざ疲れる為に折角の休日を無駄にせにゃならんのだ、とか思う
こともしばしば。

「は〜い」

 ぱたぱたぱた、とスリッパの音。
 からからと氷の音をさせながら、マルチが○ルピスを持って来てくれた。

「どうぞ、浩之さん」

「おう、さんきゅ」

 ぐびぐびとそれを嚥下しながら、ふとマルチの格好に気が付いた。

「あれ、まだ着替えてないのか?」

「はい、折角ですから浩之さんと一緒にお風呂に入ろうと思いまして!」

 そうかそうか、とコップを傍に置く。
 そしてマルチの手を引き寄せて、ソファーに引き倒す。

「な、マルチ……どうせ洗うわけだし、な?」

「はっ、はい……でも浩之さん、あんなに活躍なさったのにお元気ですね……」

「あれは頑張ったふりだよ、ふり。本気で頑張るのは、お前達の為だけさ」

 きらん、と歯を輝かせてみると。
 それだけでマルチは、うっとりと身を俺に預けて来た。

「しかし、あれだな……薄汚れて汗ばんだ体操着ってのもなかなか」

「いやん、浩之さんえっちですぅ」

 ぺろりとマルチの首筋に舌を這わせながら、うにうにと手指を動かしている
と……突然部屋が真っ暗になった。

「お? まだ暗くなるにゃ早いと思ってたけど」

「浩之さん、カーテンが全部閉まってるみたいですよ」

 ……心霊現象じゃぁあるまいし、うちは自動カーテンなんぞも付けていない。
 そしてマルチは俺の腕の中となれば、犯人は特定される。

「こらセリオ、今いいとこなんだから邪魔すんなよ」

「うふふふふ、ブルマ装備はマルチさんだけではありませんよ!?」

 どうやって用意したのか、スポットライトが部屋の隅……セリオの姿を映し
出す。

「私もマルチさんの体操着を装着してみました!」

 ど――――ん。

 腹に響く重低音、こんなんご近所迷惑だっつーの。

「と言うわけで、私も体操着ですが……浩之さん、私の姿にくらくら来ました
か?」

「ああ……違う意味でくらくらしてる」

 言葉の意味を取り違えたわけでもあるまいが、嬉しそうにカーテンを開ける
セリオ。
 そしてとたとたと、俺達の傍まで寄って来て。

「それでは、私も是非ご一緒に……♪」

「断る」

「はうっ!? な、何故に?」

 俺はうにうにとマルチを弄ぶのを忘れずに、セリオを足で追い払う仕草。
 一体何事か、と驚いているセリオに俺は一言。

「まず1つ、体操着でブルマなら何でもいいってわけじゃない。今回は体育祭
でお互いに頑張った姿を見ていたからこそ、それがスパイスになってだな」

「で、では私も運動して汗をかいて参りましょうかっ」

「2つ目、マルチの体操着ってのがいただけない。必要以上に食い込んでいて、
まるで出来の悪いえっちビデオみたいで好きくない」

「がーん」

 がっくり膝を付くセリオ。
 やんやんと俺の腕の中でもがくマルチに、俺はそっと耳打ちする。

「でもな、マルチがマルチの体操着を着るのは全然オッケーだぜ?」

「はふぅん、そんなに優しく囁かないでくださぁい……♪」

「くっ……で、では昨夜浩之さんが汚した為に洗濯した私の体操着を着用して
来ればよろしいのですねっ!?」

 俺の手指の行き先、マルチの反応を羨ましそうに見つめるセリオ。
 俺はそれを嘲笑うかのように、言った。

「馬鹿だなぁ。『ご馳走』に箸を付けたばかりだって言うのに、誰が次の料理
をすぐに食べるってんだ?」

「ずがーん」

「浩之さぁん……私、浩之さんにとってはご馳走なんですかぁ……?」

「ああ、それもとびきりのな」

 ちゅ、ちゅと求められるままに口付けを交わす。
 ほにゃぁ、と俺にされるがままのマルチ。対してセリオはとても悔しそう。

「私は……私はどうなんですか、浩之さんっ!」

「今のお前は、最高の食材を最低の方法で調理した感じだな。食う気も起きん」

「ずがびーん」

 ずしゃぁ、とセリオは床に突っ伏した。

「そうだな、この後風呂に入るから……それまでに何か用意出来るか?」

「……わかりました。必ずや浩之さんの食指を動かしてご覧に入れましょう」

「楽しみにしてるぜ」

 セリオはゆっくりと立ち上がり、乱れた髪を直しつつリビングを出て行った。






「はふぅ……いい湯なのですぅ♪」

「今日は学校でたっぷり汗かいたし、家でたっぷり汁流したしな」

「汁は余計なのですぅ」

 ぽくぽくと俺の頭を叩くマルチ、その脇の下を両手で押さえてくすぐる俺。

「ほらほら、抵抗しないとさっきの続きしちゃうぞー?」

「ううっ、それはむしろ無抵抗主義で行くのがベストな感じの選択ですー」

 その時、風呂場の扉が静かに開かれた。

「ひっ、浩之さん……こんな私は如何でしょうか?」

「ぬぉ!?」

 体操着からスクール水着でも用意するかと思ったら、意表を突いて競泳水着
とは!

「す、スクール水着じゃないんだな」

「はい、そちらはいささか食べ飽きたかと思われまして……かと言って派手な
ものや色気むんむんのものを選択したとしても、先程のように切り捨てられる
のが落ちかと」

 扉を閉じ、すいっと音もなく湯船に近寄って来るセリオ。
 そして跪いたかと思うと、湯船から洗面器でお湯をすくい。

 ぱしゃっ。

 頭からそれを被り、軽く髪の水気を切って。

「浩之さん、シンプルな調理法ですが……如何です?」

「お、おう」

 その時俺は、マルチのことなどどこかに忘れてしまっていた。
 用意のいいことに、髪ゴムで緋色の髪をアップに留めるセリオ。
 その濡れ髪、うなじ。
 そして彼女の身体の曲線を、つうっとなぞるように伝う水滴……。

「風呂場ではあるが、水場に最適な装衣。そしてマンネリを打破するべく普段
とは一味違ったチョイス……合格だ、セリオ」

「で、では……お味見していただけますか?」

「おうともよ!」

 叫びつつ、湯船から飛び出そうとしたら。

 がつん。

「……あれ?」

「はぷー……」

 別段マルチを引っかけて蹴り倒したりしたわけではない。
 真っ赤になったマルチが、そのまま倒れて湯船の角に頭をぶつけたのだった。

「ま、マルチっ!?」

「はぷ……茹で過ぎですー」

 湯当たりしやがったか。

「悪い、セリオ。ちょっとマルチを介抱して来るわ」

「え?」

「出来るだけ早く戻って来るから待っててくれ、な?」

「え? え?」

 よっ、とマルチを抱え上げて風呂場を飛び出す俺。
 その背に、寂しそうなセリオの手が伸べられていたとは露知らず……。






「いやー、悪い悪い。しかし湯当たりとは参ったな、介抱してる間に俺の身体
もすっかり冷えちまったぜ」

「…………」

「あれ、セリオ? どうした、そんな不機嫌そうな顔して」

「不機嫌そうなのではありません。間違いなく不機嫌なのデス」

 顔を半分湯船に沈めて、ぶくぶく泡を吹くセリオ。

「悪かったってばさ、折角いいとこだったのに」

「浩之さんは、最高の食べ頃を逃して料理を腐らせてしまった最低のお客さん
デス」

「いや、ほら……『腐っても鯛』って言うだろ?」

「鯛なら腐っていても食べられるのですか? それは単に『腐った魚』ですよ」

「うっ」

 セリオさん、不機嫌街道全速力爆進中。
 ここまで来てしまうと、いつもみたいに『勢いでにゃんにゃん』とかしよう
とするのは不可能だ。

「あのさ、鯛は無理だけど……ふて腐れてても、セリオは可愛いぜ?」

「……そんな、その場凌ぎの言葉で誤魔化そうとしても……」

 お、効いてる効いてる。

「ほら、すぐに顔赤くしちゃって。可愛いなぁ、もう」

「これは……ちょっと上せ気味なんですよ、浩之さんが遅いから……」

 ぷいっと顔を背けるセリオ、俺は湯船に入りながらその水着の肩紐を下ろす。

「だって、マルチを放っておくわけにも行かないだろ? だからってセリオを
放置したのは悪かったけどさ」

「だって、あんなに悩んで選んだ水着でしたのに」

 俺がセリオの顔を追うと、それと反対にぷいぷいと顔を背けまくるセリオ。
 ああもう、マジですねたセリオも可愛いってばよ。

「大丈夫、その苦労は無駄になってない」

「あの場、あの時が最高の食べ時だったんですよ? なのに……」

「いや、ほら……煮込めば美味しい出汁が出る、と」

「……ひゃうっ」

 アップにされたままの髪、そのうなじを伝う汗を舐め取ると。
 びくんと大きく跳ねて、ふるふる身を震わせるセリオ。

「最高かどうかは、食った俺が判断する……セリオ、食べられてくれるか?」

「は、はい……♪」






 目覚めた時に見えたのは、見慣れた天井。
 そして、心配そうに俺を覗き込むセリオの顔。

「あれ? 俺、一体……」

「湯当たりして倒れちゃったんですよ、浩之さん」

「ああ、そうか」

 起きようとすると、頭がくらくらする。
 そんな俺を押さえるように、優しくセリオが抱きしめてくれて。

「浩之さん、私は最高のお味でしたか?」

「……ああ、最高だった。またお代わりしたいくらいだぜ」

「ふふ、今日はもうご勘弁くださいな。あんなにお代わりされては、私の身体
の方が保ちませんから」

 くすくす、と嬉しそうに微笑むセリオ。
 隣からは、くかーすぴょーとのん気な寝息が聞こえて来る。

「今日はこのまま休みましょう。お2人とも体育祭でお疲れですから」

「そうすっか。腹八分目が丁度いいって言うしな」

「……あれで腹八分目――――!?」

 セリオはずごーんと驚いた。

「が、頑張りマス……」

「んぁ? 何が?」

 半ば眠りに入っていた俺の問いに、セリオは。

「い、いえ。何でもありません……それではおやすみなさい、浩之さん」

「ああ、おやすみ……」

 意識が薄れて行く最中、唇に優しく柔らかい感触を感じたような気がした。






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