へなちょこ綾香ものがたり

その10「ハングドマン」








 かりかりかり……。

 天気もいいと言うのに、今日は暇も暇。
 マルチやセリオは掃除に精を出してるし、俺は特にやることもなし。

 かりかりっ。

 あんまり暇なので、それ程伸びてもいなけど爪切りタイム。
 やすりの部分で爪を削っていると、綾香がやって来た。

「ねぇ浩之ぃ、暇?」

「おう、全開バリバリで暇だぜ」

 見りゃわかるじゃねーか。
 つーかたった今、暇じゃなくなった。

「いいとこに来たな、暇なら相手してくれ」

「ん、別にいいわよ。何するの?」

 暇かどうか俺に聞いて来たくせに、自分こそ暇だったんかい。

「とりあえず、トランプでもすっか」

「嫌よ、そんな子供の遊びなんて」

 ぬぅ、トランプを馬鹿にするか。
 一見庶民の遊びだが、カジノでも嗜まれている立派な大人の遊びだぞ。

「なら、大人の遊びにすっか」

 わきわきっ。

 俺は両手をにぎにぎしながら、綾香に近付く。
 綾香は胸を両手で隠しながら、じりじりと後退して。

 ……自分で触るくらいなら、いっそ俺が(爆)。

「なっ、馬鹿……そういうコトしか考えてないのっ!?」

 うむ、自慢じゃないがな。

「そんじゃお前、どういうのが『大人の遊び』なんだよ?」

「んー、そうねぇ……」

 腕を組み、そして人差し指を頬に当てる彼女。
 視線を宙に泳がせて、真面目な思案顔……。

 う〜ん……こういうのが様になる女ってのは、やぱりいいよなぁ。

「バス・フィッシングなんかどう?」

「バスぅ? 何だそりゃ」

「……簡単に言うと、魚釣りね」

 うぬぬ、さり気に横文字使うなよ。
 簡単に言えるんなら、最初から簡単に言いやがれ(爆)。

「釣りかぁ……そういや、やったことないな」

「やっぱり? 止めとく?」

「いや、何事も経験だし」

 バスって食ったことないし……食えるのかなぁ。

「そんじゃ、決まりっ♪」






「……で?」

 目の前に広がっているのは、透き通った大量の水ばかり。
 海か湖かはわからないが、川じゃないことは確かだな。うん。

「ほらほら、綺麗な湖でしょー♪」

 やっぱり湖か。
 いや、そういうことじゃなくて……俺が聞きたいのは、どうして突然頭から
袋を被せられて連れ来られたのかだ。

「ほらほら、そんな顔しないのー。はい、帽子♪」

 肩に引っかけたリュックから、メガネ……いやサングラスと帽子を取り出す
綾香。

 ぺふっ。

 色の薄いサングラスをかけつつ、俺の頭に変な形の帽子を乗せ。
 ……メガネ姿も結構いいなぁ(爆)。

「……っだぁ! いいからこの状況を説明しろっ!」

 ばしっ!

「あん……折角浩之の為に用意したのに」

 俺が地面に叩き付けた帽子を拾い、ぱたぱたと汚れを落とす綾香。

「はい、今度は落とさないでね」

 ぺふん。

 ……ここまで誤魔化すとは……つまり、『聞くな』ってことか?

「……まぁ折角初めてなんだし、最高の環境で釣りをエンジョイしてもらおう
と思って♪」

「さ、最高って……?」

「綺麗で静かなプライベート……えーっと、湖って英語で何て言うんだっけ」

「わかんねぇなら無理して英語使うんじゃねぇ」

 ぐりぐりぐり。

「痛い痛い痛い、もっと優しくして」

「おう、そんじゃ……」

 ぷよっ。

「調子に乗るんじゃないの」

 つねっ。

「痛い痛い痛いごめんなさい」

 肉が千切れるう。

「もう」

「……ちなみに、湖はレイクだ」

 ふぅ、千切り取られて魚の餌にされるかと思ったぜ。

「あ、そうそう! ど忘れしちゃった♪」

 てへっ☆

「…………」

 まぁ、そういうことにしておこうか。
 そうでないと……ある意味、怖すぎる。

「そのプライベート・レイクと、プライベート・ボート。更にすこぶる美女の
おまけ付きっ! さぁ、これを最高と言わずして何を最高と言おーかっ!」

 ぐぐっ!

「……美女、どこ?」

「…………」

 ……こ°っ!






「全く……あなたの目は節穴なのかしら」

 サングラスかけてるから、鏡がよく見えないんじゃないか?

 ……冗談でも、そんなこと言えない。
 「あちら側」を覗くのも怖いけど、綾香を傷付けるのはもっと嫌だし。

「どてっ腹に見通しのいい風穴が明くところだったけどな」

 げほっ……。

「最高の環境……」

「はいはい、嬉しくて涙が出て来てます」

 本当のところ、むせ込みすぎたせいだ。
 ……思ったよりハードなもんだな、釣りってのは。

「さて、それじゃ行きましょうか」

 そう言って歩き出した彼女の背には、小さなリュックサック。

「釣り竿とかは? 噂のまい釣り船に用意してあるのか?」

 すでに用意万端ってやつか。
 家出とか何とか言ってるくせに、こういう時は利用しまくるんだもんなぁ。
 ったく、いい根性してるぜ。

「ちっちっち……今日の釣りは、通なら船のことをそう呼ばないのよ」

「ほう、何て言うんだ?」

 俺の問いに、再びリュックから何やら取り出す綾香。

「それはね……これよっ☆」

 ぴっ!

 ……それは、小さな手帳に見えた。
 何で持ってるんだか、理由聞きたいような赤色の。

「って……ねぇ、浩之?」

「ん? どうかしたか?」

 すたすたと、綾香から足早に離れる俺。
 いや、わかったけど突っ込んでやんない。

「ま……待って、何とか言ってよぉ」

「何とか」

「……どうあっても突っ込み入れない気?」

「ああ、ハ゛スだけにハ°スするぜ」

 ひゅ−ん……。

 おおう、風がやけに冷たいぜ。
 だけど、違う意味の突っ込み入れるわけにも行かなかったしな(爆)。

「…………」

「綾香、寒いから身を寄せて暖め合おう」

 すすすすっ。

「嫌よ、伝染るから」

 たたっ。

「逃げるなぁ!」

「あーあ……一緒に泳ごうと思って、浩之の分も水着持って来たのにな」

 たたたた……。

「なっ、何ィ!? ……ちなみにどんなの?」

「ん、今日はセパレート」

 本気で走っているわけではないように見える彼女、でも俺は結構必死。
 それでもドラマか何かのワンシーンのように、湖畔を一緒に駆ける。

「でも、何だか白けちゃったなぁ」

「誰のせいだぁ!」






 そしてしばらく、追いかけっこを続けた挙句。
 綾香はともかく、俺が疲れ切ってしまい。

「……これじゃ、今日はもう泳ぐのは駄目ね」

 はぁ、はぁ、はぁ……。

「だ……誰のせいだよっ……」

 結局、また袋詰めにされてしまったのだった。






<……続かないのよ>
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